自殺したり、誰かに頼ったりするよりはいいと思う。

空港にて (文春文庫)

空港にて (文春文庫)

 離婚してからも夫は子どもに会いに来たし、わたしたちはときどき会って食事をしたが、最近はそういう機会が極端に少なくなった。たまに電話が来るが夫は元気のない声で、すまないなあといつも謝る。本人はそんなことは一言も言わないが、閉鎖した工場の後始末が大変なのだろうと思う。夫はもちろんわたしが風俗で働いていることを知らない。もし知ったら、教育に悪いと子どもを引き取ろうとするだろうか。三日前にサイトウと会ったとき、いろいろと話したあとに、わたしは勇気を出して、風俗で働いていることを軽蔑しない? と聞いた。サイトウはしばらく黙ったあとで、自殺したり、誰かに頼ったりするよりはいいと思う、と答えた。(「空港にて」p.178)