グローバル企業の競争戦略 -国の競争優位(2)-

国の競争優位〈上〉

国の競争優位〈上〉

第2章「グローバル産業における企業の競争優位」


国際市場における企業の競争に対して国が果しうる役割を論じるためには、企業の競争戦略を理解しなければならない。


競争を理解するための分析の基本単位は、産業=「製品またはサービスを生産しながら、互いに直接競争し合う競争企業の集団」である。実際上の産業間の境界線はどうしても程度の問題になるが、あまりに漠然とした区分は戦略的に意味がない。


どの産業にも共通の競争戦略は存在しない。特定の産業及び特定の企業のもつ技術と資産に適合した個別の戦略があるのみ(したがって、一つの産業内でも唯一の正しい戦略、というものはない)。そして、競争戦略には二つの重要なポイントがある。すなわち、①産業構造と、②産業内のポジショニングである。


各産業の持つ特異な産業構造は、5つの競争要因=「新規参入企業の脅威」「代替製品またはサービスの脅威」「買い手の交渉力」「供給企業の交渉力」「既存競争企業間の敵対関係」の相違を生み出す。そして、これらの競争要因が、企業の設定可能な価格、負担しなければならないコスト、その産業で競争するのに必要な投資額、を決定し、最終的に当該産業における収益率を決める。なお、産業構造は比較的安定しているが、産業の発展に伴って変化することもあるし、企業の戦略や行動によって上記5つの要因が影響を受ける場合もある。


他方、ポジショニングの中心にあるのが、基本的に「低コストの優位」及び「差別化の優位」の二種類からなる競争優位の戦略である。この両者を同時に達成するのは困難であるため、どちらかを優先して実行しなければならない。


ポジショニングのもう一つの重要変数は、競争スコープ(製品種類の範囲、利用する流通チャネル、相手にする顧客のタイプ、販売活動を行なう地域、競争する関連産業グループ)である。競争スコープを特定することが重要であるのは、産業がセグメントに分かれており、異なるセグメントを相手にするには異なる戦略が必要であり、異なる能力が要求されるからである。そして、最も基本的な競争スコープの選択は、「広い標的」を狙うか、「狭い標的」に集中するか、である。


そして、競争優位とスコープ広狭の組み合わせによって、4つの「基本戦略」が生まれる。

①「差別化戦略」=差別化+広い標的

②「コスト・リーダーシップ」=低コスト+広い標的

③「コスト集中」=低コスト+狭い標的

④「差別化集中」=差別化+狭い標的


「価値連鎖」の各段階に属する活動の新しいやり方を考えつき、新しい手順、技術、資材を採用することから具体的な競争優位が生まれる。各段階の活動の間のトレードオフを解決すること、入念な調整を行なうこともまた競争優位の源泉になる。ただし、競争優位を獲得するためには、個別の企業内の価値連鎖のみを考えていては不十分であり、より大きな活動の流れ=「価値システム」(供給企業の価値連鎖+企業の価値連鎖+チャネルの価値連鎖+買い手の価値連鎖)をとらえ、そのすべての段階を通して競争優位を生み出して行かなければならない。


競争優位を生み出す新しいやり方=イノベーションであるが、イノベーションには5つの典型的な要因がある。すなわち、①新しい技術、②新しいないし変化する買い手のニーズ、③新しい産業セグメントの出現、④原材料のコストまたはその入手可能性の変化、⑤政府規制の変化、である。


このようなイノベーションのチャンスを早期にとらえた先発企業は、①真っ先に規模の経済性を享受する、②習熟の累積によってコストが下がる、③直接の競争相手なしにブランド名と顧客の信用を確立する、④流通チャネルを思いのままに選べる、⑤ベストの工場立地や原材料その他投入物を手にできる、といった優位を手にすることができる。イノベーションそのものは模倣されるかも知れないが、上記のような副次的な競争優位は長期的にも手元に残ることが多い。


競争優位がどれほど持続するかは3つの条件によって決まる。すなわち、優位の源泉の階層(模倣されやすい低次のものであるか、模倣されにくい高次のものであるか)、優位の源泉の数、優位の源泉の恒常的な改善とグレードアップである。


グローバル戦略における最大の競争優位の源泉の第一は、世界中に製品・サービスを販売するために、価値連鎖を構成する活動拠点をどこにどのように「配置」するかということである。ただし、最適配置はまさに本書の主要テーマの一つでもあるため、ここでは伝統的議論に触れるのみ。

・買い手に関係の深い活動(マーケティング、物流等)や輸送コストが高い活動は、通常買い手のいる場所かその近くで行なう。

・製造、技術開発、調達等の活動は、買い手の所在場所と切り離し、コストや差別化が最適化するような場所を選択できる。

・大きな規模の経済性が存在する場合、集中配置によって優位が得られる場合がある。

・輸送・通信・在庫コストが高い場合、一カ所に活動を集めるリスク(為替、政治等)が存在する場合、分散配置が求められる。

・配置場所については、生産要素コストや政府の規制が古典的な決定要因となる。情報共有、責任配分等、各国に配置した「活動の調整」によっても競争優位を獲得することができる。

・分散された場所で得られた知識や技能を蓄積し、成果を他の場所に移転する。

・グローバルなレベルでのアプローチの統一により、ブランド強化等、差別化を強める。

・異なる市場での競争を視野に入れることで、競争相手への対抗策に柔軟性を生む。 等


しかし、他方で、顧客ニーズとビジネス条件が国によって大きく異なると、調整は困難になる。また、言語の相違、文化の相違、各国子会社の経営者と企業全体との間の利害の不一致等、組織上の難問題も避けられない。


以上をまとめれば、グローバル企業の競争優位は、①立地(国)から生まれるもの(本拠地に基づいた優位+外国に一部の活動を配置することによる利点)と、②企業の活動のグローバル・ネットワーク全体から生じるもの(システム優位)の二つに分けることができる。これらが、互いに強化し合い、劣位を補い合い、全体としての企業の競争優位を高める。なお、競争のグローバル化が広く認識されるにつれて、システム優位と他国に立地することの利点がフォーカスされるようになったが、本国に基づいた優位が一段と重要性を持っている。このテーマも本書では繰り返し取り上げる。


上記のような戦略に基づいたグローバル競争には無数の方法がある。考慮すべき変数は、産業の相違、産業内のセグメントの相違、産業の垂直段階の相違等である。これらの変数の相違によって、グローバル化のパターンの相違があるため、グローバルなレベルでの「集中戦略」(コスト集中、差別化集中)が有効となる機会が生まれる。集中戦略を採用する企業は、広範なスコープを採用する企業の対応しきれないセグメントに、グローバルなレベルで力を集中する。そして、このようなセグメントで成功することで、広範なグローバル戦略への橋頭堡を築くことができる。また、このような変数の相違によって、大企業だけでなく、中小企業もグローバルに戦うことができる。これらの企業は、やはり狭いセグメントに集中し、比較的小さな産業で競争する。


構造変化に応じてイノベーションを実現することは、当然グローバル競争においても重要である。また、戦略的同盟(提携)もグローバル戦略を実行する上での優れた手段である。