新しいパラダイムの必要 -国の競争優位(1)-

国の競争優位〈上〉

国の競争優位〈上〉

第1章「新しいパラダイムの必要」

国の競争優位=ある「特定産業」において、競争優位を育てる国の特性。

これまで「一国全体」の競争力の源泉を説明しようとする試みは多くあったが、国の産業の競争的地位を合理的に説明してくれるものは皆無だった。

新しい理論を考えるにあたっては、まず、「競争力」について定義するところから始めなければならない。国レベルでの競争力について、唯一意味のあるコンセプトは、国の「生産性」である。すなわち、その国に存在する企業の持つ高水準の生産性である。生産性が国民一人当たり所得の根本原因であり、これが生活水準を決めるのである。

したがって、理解しなければならないのは、生産性及び生産性上昇率の決定要因であるが、その答えを見つけるためには、一国の経済全体に目を向けるのではなく、「個々の産業と産業内セグメント」に注目しなければならない。国レベルでの分析は、どうしても広範になり過ぎ、企業の戦略や政府の政策の指針になるほど実践的なものにはならない。


産業の成功については、伝統的に国際貿易における比較優位理論による説明がなされてきた。
・アダム・スミス: コストの高低に基づく「絶対優位」の理論
・デビッド・リカード: 生産性の高低に基づく「相対優位」の理論
・ヘクシャー=オリーン以降の理論: 生産要素の多寡に基づく比較優位論 等

しかし、生産要素賦存量の相違に基づく比較優位論は、今日では多くの産業で現実離れしているという認識が増えている。第一に、「規模の経済性がない、どの国も技術に変わりがない、製品が差別化されていない、熟練労働力や資本のような要素が国際移動しない」等の仮定がもはや完全に非現実的となっている。第二に、企業は新製品や新工程等の技術革新を通して、乏しい生産要素の問題を巧みに回避することが可能である。第三に、産業のグローバル化によって、生産要素を一国のみで考える必要がない。むしろ、そのように考えることは非現実的である。このように、要素比較優位説が各産業の各国における成功を説明してくれないのであれば、それに基づく政策も役に立たない。

ただし、今のところ、それに代わるもの、補強するものとして確立している学説はない。規模の経済性、市場の不完全性、技術ギャップ、製品サイクル、多国籍企業の役割、によって比較優位を説明する様々な学説があり、それぞれに説得力があるが、残念ながら、技術のギャップや成功する多国籍企業がなぜその国に生まれるのか、という説明はなされていない。


新しい理論は、なぜ国が高度なセグメントや産業で成功する競争企業の本拠地となるのかを説明できなければならない。また、細分化した市場、差別化した製品、技術の差異、規模の経済性といった競争に関する豊富なコンセプトを反映しなければならない。さらに、競争は動態的なものであるという前提から出発しなければならない。つまり、新しい理論は、プロセスや技術の改善やイノベーションをその中心要素にしなければならない。そして最後に、新しい理論は、経営者はもちろん、政府の政策立案者やエコノミストにとって意味のあるものとならなければならない。本書はこのような課題に挑戦しようとするものである。