何かを探せ

空港にて (文春文庫)

空港にて (文春文庫)

単行本のときは「どこにでもある場所とどこにもいないわたし」というタイトルでした。何となくそっちの方が内容にマッチしててかっこいい気がするのだけれど。

 お前はまだ間に合うから何かを探せ、と兄はぼくに言った。オヤジやオフクロや教師の言うことを信じたらダメだ。あいつらは何も知らない。ずっと家の中とデパートの中と学校の中にいるので、その他の世界で起こっていることを何も知らない。ああいう連中の言うことを黙って聞いていたらおれみたいな人間になってしまう。おれはもう何をする力も残っていないんだ。まだ二十歳なのに何かを探そうという気力が尽きた。でもちょっと遅すぎたがまだ気づいただけましだと思うよ。これでテニスとかスキーの同好会に入ったりして適当に大学を出て、オヤジみたいにデパートとかスーパーに就職したりしたらもう本当に終わりだった。オウムに入った連中がおれはよくわかるんだ。気力がゼロになると何か支えてくれるものが欲しくなる。何だっていいんだよ。やっとわかったんだけど、本当の支えになるものは自分自身の考え方しかない。いろんなところに行ったり、いろんな本を読んだり、音楽を聴いたりしないと自分自身の考え方は手に入らない。そういうことをおれは何もやってこなかったし、今から始めようとしてももう遅いんだ。自分で決めつけるのも変だが、よく戦争映画なんかで自分が死ぬことがわかるやつが出てくるだろう。からだ中から力が抜けて、寒くてたまらなくて、深い穴に吸い込まれるような感じがして、自分がもうすぐ死ぬことがわかるんだけど、あれと同じだよ。(「コンビニにて」p.22)