コーチと心理学

コーチングがリーダーを育てる

コーチングがリーダーを育てる

第6章 エグゼクティブ・コーチングが失敗する時
(原題:"The Very Real Dangers of Executive Coaching")

UCLA アンダーソン経営大学院 研究員
 スティーブン・バーグラス


本稿の主題は、

実のところ、コーチがしかるべき心理学の教育を受けていないため、かえって現状を悪化させてしまうケースが驚くほど多い。彼らは対象者の心の奥底に潜む問題を軽視し、時にはまったく無視してしまう。このような事態は、コーチ自身の経歴や思いこみが障害となり、そのような問題を理解しないのが原因である。(p.139)

というところにある。


本文ではいくつかのケースが紹介されているが、上記のような問題には大別以下の三つのカテゴリーがあるようだ。

①コーチが短期間で成果を上げることに重きを置きすぎ、時間のかかるクライアント自身による「内省」というプロセスを省略するため、真の問題が潜在化するとともに、悪化する。

②コーチがクライアントの問題となる「行動」に焦点を置き、その表面的な改善だけを考えるため、問題行動を生み出す真の問題は置き去りにされる。

③CEOがエグゼクティブ・コーチに「転移」を起し、コーチ自身が組織内で強力な権力を振るうようになる。


これらの問題を避けるためには、コーチ(あるいは上司)には、心理学の領域に属するような部分も含めてクライアントの全体像を視野に入れつつ、コーチの扱うべき領域をしっかり認識してコーチングを行なうという自覚が必要になる。この点についてはICFの綱領やCTPの中でも明確に示されているが、本稿を読むことでこの自覚を忘れることの危険性をより具体的に認識することができる。


では、コーチの扱うべき領域でない部分についてはどうすればよいのか。端的にはそちらのプロに委ねるべきだ。本章で紹介されているケースの中でも、あるクライアントはコーチングの「失敗」の後で心理療法を受け、7年という長い時間はかかったものの、問題の核心に向き合い、克服したというものがある。


これらを踏まえ、筆者は、最後にエグゼクティブ・コーチを雇う企業側から見たsolutionの提案を行なっている。

企業幹部を指導する最善の方法は、しかるべき技術と専門知識を有するエグゼクティブ・コーチと心理療法士の両方を雇うことである。そうでない場合、少なくともエグゼクティブ・コーチングを受けさせる前には、心理テストを実施すべきである。
心理的な問題があると、コーチングを施したところで、さしたる効果が得られないため、あらかじめそのような人を選別しておく必要がある。対象者を、辛く、時には有害な状況下に置くことを回避できる。
また、メンタル・ヘルスの専門家を雇い、コーチングの内容をチェックすることも大切である。そうすればネルソンのようなコーチが、心の奥底に潜む問題を無視したり、さらには新しい問題を引き起こしたりするのを防ぐことができるだろう。
[ただし、]心理テストや心理療法はけっして万能薬ではない。むしろ必要ない場合もある。企業幹部の戦略立案能力を養うだけならば、何も精神科医を雇う必要はなかろう。(p.158)