フラット化する世界[下]終

フラット化する世界(下)

フラット化する世界(下)

結論 イマジネーション


第15章 二つの選択肢と人間の未来−11・9vs9・11


特に目新しいこともないので、筆者の思いのコアだけを書き抜いておこう。

世界をフラットにするやり方は二つある。一つはイマジネーションを使って、他人を同じレベルまで引き上げるというものだ。もう一つは、イマジネーションを使って、他人を同じレベルまで引きずり落とすというものだ。(p.378)

ちなみに、筆者は前者を「創造的なイマジネーション」、後者を「破壊的なイマジネーション」と呼んでいるが、破壊的なイマジネーションとは、具体的にはアルカイダ等のテロリストを念頭に置いている。

フラットな世界で簡単に手に入るツールを使って、世界を破壊しようとするものを割り出し、正体を暴き、捕らえるのに、X線撮影や虹彩スキャンのようなテクノロジーの進歩は間違いなく役立つと思う。しかし、最終的には、テクノロジーだけで安全を守ることはできない。共同作業のツールを使って、それを創造した世界を破壊しようとする人間のイマジネーションに訴えかける方法を、本腰を入れて見つけないといけない。しかし、希望にあふれ、人生を肯定する、寛容なイマジネーションを、他人に植えつけてはぐくむ方法が果たしてあるだろうか?すべての人間は、この疑問を自分に投げかける必要がある。私はアメリカ人として問いかける。ここでそれを力説するのは、アメリカが手本を示すことがまず第一であり、最も重要であると思うからだ。運よく自由で進歩した社会に生活しているわれわれが、まず鑑にならなければならない。アメリカ人は最高のグローバル市民になる必要がある。国際社会から離れて引きこもることは許されない。われわれのイマジネーションを精いっぱい利用するように心がけなければならない−けっしてイマジネーションの奴隷になってはならない。(p.378-379)