発展途上国とフラット化する世界

フラット化する世界(下)

フラット化する世界(下)

第三部 発展途上国とフラット化する世界


第10章 メキシコの守護聖人の嘆き


本章では、「フラットな世界で自国の企業や起業家が成功できる理想的な環境を作るために発展途上国が実施したほうがいい政策」について論じられるが、それらの「大部分が、ほとんどの先進国にも当てはまる」。


(1) 自己観察

発展途上国が、フラット化という大仕事について考えるときに、まずやらなければならないのは、情け容赦ない真っ正直な自己観察だ。国民も指導者も同様に、おのれに正直になり、外国とのつながりや、一○のフラット化要因との結びつきに関連して自国がどういう立場にあるかを、正確に見定めなければならない。「私の国はどれくらい進歩しているのか、あるいは世界のフラット化からどれくらい取り残されているのか。共同作業と競争の新しいプラットホームにどれくらい適応し、それらをどのくらい利用しているか」といったことを、自問しなければならない。(p.172)

(2) トップダウンの経済大改革−卸売改革

まず、「ガバナンスの分野で最も重点を置くべきなのは、市場にやさしいマクロ経済的な政策の適用だ」。具体的には、「国営企業の民営化、金融市場の規制緩和、通貨調整、外国からの直接投資の導入、助成金の削減、保護貿易主義的な関税障壁の撤廃、柔軟な労働法の導入」等による、「輸出中心の自由市場戦略」の推進である。


(3) フラット化へのさらなる改革−小売改革

そして、卸売改革が終わったら、次は小売改革だ。方向性は、「インフラ、教育、ガバナンスに目を向けて、その三つを改善し、国民が高いレベルでイノベーションや共同作業を行なうツールと法的な枠組を整備」するということだ。

ここで筆者は、IFC経済チーム等による研究に基づき、カギとなる具体的な改革の要素を提示している。

教育程度の高い労働者や資本家がビジネスを始め、資本をつのり、起業するのが容易な物的・法的インフラを利用できる環境を、政府が用意すれば、貧困層は貧困から抜け出すことができる。さらに、国民が外部の競争にある程度耐えられるようにしなければならない。企業も国も、競争相手がいるほうが、イノベーションを迅速に、たくみにやろうとするからだ。(p.180)

IFCは、これを具体化するための5項目のチェックリストを提示している(『2004年のビジネス実践』)。以下の項目に関する難易度が判断基準になる。
①その国の規定・規制・認可費用のもとでの起業
②雇用・解雇
③契約の執行
④融資
⑤破産もしくは業績低迷による廃業

要するに、

まず、起業手続きを簡単にする。次に、変化する市況とビジネスチャンスに容易に適応できるようにする。さらに、資本を流動的にしてもっと生産的に利用するために、破綻した場合の廃業を容易にする。(p.183)

ということだ。どこかの先進国でもつい最近まで議論されていた内容だ。


なお、詳細は書かないが、アイルランドケーススタディが紹介されていて、これが非常に素晴しい。今アイルランドはこんなことになっているらしい。しかも、80年代にはどん底にあったのに。危機的状況からの奇跡のような復活は日本だけのお家芸ではないのだ。

アイルランドEUではルクセンブルクに次ぐ裕福な国だ。・・・国民一人当たりのGDPがドイツ、フランス、イギリスよりも高い。・・・現在、世界の薬品会社トップ一〇位のうち九社、医療機器メーカー・トップ二〇社のうち一六社が、アイルランドに誘致されて工場を設置している。また、ソフトウェア・デザイナーのトップ一〇人のうち七人が、アイルランドで活躍している。二〇〇四年のアイルランドへのアメリカからの投資は、中国へのアメリカからの投資を上回っている。・・・一九九〇年、アイルランドの全労働人口は一一〇万人だった。二〇〇五年末には、ほぼ二〇〇万人に達し、失業率はきわめて低い。(p.185-188)

ちなみに、人口は360万人です。


(4) 文化の問題:グローカリゼーション

しかし、なぜこれらの改革を成し遂げられる国とそうでない国があるのか。筆者は、その一つの理由が文化であると指摘する。具体的には、

世界各地を訊ねた私の経験からして、フラットな世界では、文化の二つの側面がことに重要ではないかと思う。一つは、その国の文化がどのくらい外を向いているかである。外国の影響と発想を、どこまで受け入れられるか、どれほどうまく「グローカル化」するか、ということだ。もう一つは、よりとらえどころがないが、その国の文化がどれくらい内を向いているかということだ。具体的に述べてみよう。国民の団結意識と発展への集中力がどれほどのものであるのか。協力しようとするよそ者への信頼が、社会にどれほど根をおろしているか。国家の指導者たちが、国民のことをどのくらい気にかけ、自分の国で投資しようとしているか。それとも、自国の貧しい国民には無関心で、海外投資のほうに関心が向いているか。(p.191)

ちなみに、日本には、インド、アメリカ、中国に並んで、グローカル化の「天賦の才」があると指摘されている。


また、グローカル化の力、あるいは対外的開放性の重要性に関連して、筆者はイスラム教国の多くが「フラット化する世界をよろめきながら進んでいる」理由を分析している。非常に説得力がある。


(5)「とらえどころのない物事」

最後に、筆者は、以上すべての理解を前提にしながら、継続的にきちんと改革を行える国とそうでない国の違いを、「とらえどころのない物事」と名付けている。それは以下の2つの特質に集約される。

①「経済発展のために団結して犠牲を払う社会の意欲と能力」

②「発展に何が必要であるかを見抜く力のある指導者たちの存在」

この点に関して、メキシコと中国を比較したケース・スタディが行なわれている。