フラットでない世界

フラット化する世界(下)

フラット化する世界(下)

第五部 地政学とフラット化する世界


第12章 フラットでない世界−銃と携帯電話の持ち込みは禁止です


本章では、世界がフラット化を進めていく一方で、取り残されている世界と、世界のフラット化によって深刻化されつつある問題に焦点を当てている。ページ数も多く、内容も非常に濃いのでとても要約はできない。何が書いてあるのかだけ備忘としてメモしておこう。


重い病から抜け出せない人々
・「病気に苦しめられているか、あるいはその国の政府が機能不全を起こしていて、未来が見えていない」人々。具体的には、インドの農村部について詳細に述べられている。
・これらの問題に対処するための取り組みとして、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の活動についても述べられている。寡聞にして知らなかったが、ゲイツ財団は非常に面白く、有意義なことに取り組んでいるようだ。
・途上国で病んでいる人々の苦難は、彼らにとってだけでなく、フラット化された世界に住む我々にとっても悲劇である。第一に、彼らがフラット化した世界の外側にいるために、彼らから得られるであろう潜在的な貢献を失っていること。第二に、フラット化した世界が「重い病」に触れたとき、伝染病の大流行が起こり、何百万人もの命を短期間に奪ってしまうような事態が起こりかねないことだ。


力を奪われた人々
・「健康で、大部分の地域がフラット化した国で暮らしているが、ツール、スキル、インフラがないために、持続的にきちんとした役目を果すようなやり方で参画することができない」人々。ここでもインドの農村部が例に出されている。

インドのハイテク集団は刺激的だし目立つが、思い違いをしてはいけない。あれはインド全体の被雇用者人口のたった〇.二パーセントでしかない。輸出品製造業従事者を加えても、ようやく二パーセントにしかならない。(p.273)

・彼らが望んでいるのは、グローバリゼーションを破棄することではない。自分たちも乗り込めるようにしてくれ、ということだ。
・これに対して外部の人間には何ができるだろうか。筆者は、「最も重要なのは、グローバルなポピュリズムの意味を定義しなおすことだ」と指摘し、1999年以降に本格化した反グローバリゼーションの流れを詳細に分析してみせる(非常に興味深く、有意義な分析だが、ここでは省略)。結論としては、「グローバリゼーションの是非を問うのではなく、どういうふうにグローバリゼーションをするかという重要課題を提唱するのが、今後の運動の重要な役割になる」。具体的には、実際にインドの地方政府と協力し、「小売改革」を推進するような活動だ。実例として、NGOのジャナアグラーとHPの活動の例が挙げられている。


やりどころのない不満を抱えた人々
・要するに、過激派から、過激派を消極的に支持している層まで含めたアラブ・イスラム世界の人々である。
アメリカ人らしく、筆者は極めて詳細にこの問題について述べている。ポイントは、①フラットな世界では自分と他人の境遇を容易に比べられるために不満が激化する。②しかもその不満を変革のエネルギーへ変えるような思想的基盤はなく、むしろ開放性を抑圧・否定するような考え方がスタンダードになっている。③アルカイダは宗教的原理主義者ではなく、観念主義的かつ政治的な存在である。④過激派以外の指導層にアルカイダの思想に対するカウンターを提供する力がない。⑤コーランの解釈も固定化されており、独創的な考え方や、世の中の変化に対応する柔軟性が否定されている。⑥そして、「イスラム世界はジレンマに直面している。大切にしてきた宗教を捨てるか、人類の技術変化の最後尾の位置にとどまりつづけるか。どちらも望ましくない。」


フラット化のもたらすエネルギー危機への対処
・既に言い古されてきた内容ではあるが、フラット化する世界へのインドや中国の参入によって深刻なエネルギー危機と環境破壊がもたらされると、詳細かつ深刻に論じられている。ここで触れられているデータは極めて重要だと思われる。例えば、

現在の流れのままだと、二〇一二年には中国の原油輸入量が、現在の一日七〇〇万バレルから一四〇〇万バレルに倍増する。それだけの増加を支えるには、サウジアラビアがもう一国必要だ。(p.312)

・対策としては、要するに中国に「省エネせよ」という言おうとしているわけだが、その前にやるべきこととして、

中国がエネルギー消費を大幅に減らすよう仕向けるには、アメリカが消費形態を変えて手本を示すのが一番いい。そこで初めて、われわれは他人に説教する資格が持てる。(p.314)

と述べているのがフリードマンの好感の持てるところだ。