これはテストではない
- 作者: トーマス・フリードマン,伏見威蕃
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞社
- 発売日: 2006/05/25
- メディア: 単行本
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第二部 アメリカとフラット化する世界
第9章 これはテストではない
本章では、筆者の理想とするアメリカ=「思いやりのあるフラット主義」を実現するための方策について論じられている。なぜ「思いやり」が必要なのか?については、筆者は以下のように端的に応えている。
思いやりのないフラット主義者−すなわち自由主義の成り行きにまかせるフラット主義者−は、残酷なだけでなく愚かだ。それでは、フラット化のプロセスに苦しむ人々の政治的反動を招く。不況が長引くような事態になれば、反動はすさまじいものになりかねない。(p.148)
フラット化が進むストレスを、社会がどうにかしないと、反動が来るだろう。ひいては政治勢力が、フラット化の力が消し去った摩擦や保護貿易主義的な障壁を一部復活させようとする。しかし、そんな乱暴なやり方では、弱者の保護という名のもとにすべての人間の生活水準を下げることになる。(p.149)
具体的な方策については簡単にメモだけしておこう。
(1) 政治的リーダーシップ
○今世界で何が起きていて、今我々が何をしなければならないかを理解し、国民に伝えること。
○終身雇用から「雇用される能力」を高める機会の保証へ
○エネルギー自給国になるための代替エネルギーの開発とエネルギー節約の緊急計画
(2)「雇用される能力」の強化
○職場を変わっても持ち運びできる(移動継続)社会保障制度
・全国民共通の持ち運び可能な単一の年金制度
・ストックオプションを容易に得られるような法制度
・持ち運びでき、かつ雇用者及び運用者の負担を軽減できるような医療保険制度
・アメリカの労働人口全体の教育水準を高め、刷新すること。
基礎学力の向上と、高等教育を受ける機会の拡大
○生涯学習の機会
・「生涯学習」における雇用者の役割
cf. キャピタル・ワンのクロス・トレーニングのケース
○移民政策の見直し
・国内で教育できない部分を海外から輸入する
cf. FBI、CIA、国土安全保障省との対立
e.g. アメリカの正規の大学でPh.Dを取得した外国人学生には5年間の労働ビザ
(3) フラット化の反動に対する緩衝材
○賃金保険制度の導入
(4) グローバル企業による社会改革運動
○コンサベーション・インターナショナルとマクドナルドの提携ケース(2002年〜)
○HP-IBM-デル連合による「電子産業の新しい行動規範」のケース(2004年10月〜)
思いやりのあるフラット主義を提唱する人間は、商品を選ぶことや購買力が政治的決断でもあることを、消費者に啓蒙しなければならない。消費者として何かを買うと決めるのは、一つの企業理念そのものを支持することを意味する。どの障壁や摩擦を残したいか、あるいは消滅させたいかということを、それによって意思表示している。改革派は、こういった情報がもっと容易に入手できるようにして、多くの消費者が適切な投票を行ない、善行をほどこすグローバル企業を支持できるようにしなければならない。
(5) 家庭における子育て
○自己を磨き続ける努力、勉強の重要性を伝える家庭の役割が極めて重要
「われわれが学校で目にしている危機の根本は、アメリカの家庭に本や印刷物がきわめて少なくなっているという現状にあります。そういう家では、生徒はテレビ、コンピュータ、テレビゲームなどで遊びます−周囲の大人もそうやって楽しんでいるからです。簡単に満足できるテクノロジーによって、大部分の学生が、読書という刺激的だが手間のかかることをやめてしまいました。・・・家庭での読書が根本的に大事であり、必要不可欠なのですから、教育はまずそこから始まります。猛勉強は教育には付き物だし、学校の成績はとても大事だという意識は、家庭で育ちます。子供がいい成績をとるように親が高い期待を抱くことが、学校には支援になります。こうした基本ができておらず、家庭での絶え間ない支援がないと、教師は学校で手も足も出ません。」(p.157-158)
教育を軍隊的にしろというのではない。ただ、アメリカの若者をぬるま湯的な状態から出して、物事をきちんとやらせ、長期的利益のためにほんの短いあいだの苦しみに耐える心構えを持たせるために、もっと手を尽くさないといけないといっているのだ。(p.160)
これらは、あくまでアメリカの話である。しかし、このような教育をめぐる現状、そして以下のようなサミュエルソンとスティーブ・ジョブズの言葉は、まさに日本にも当てはまるのではないだろうか。
「われわれはいまも自転車競争の先頭を走っていて、あとをついてくる選手の空気抵抗を減らしてやっているが、その差は縮まっている。最先端の国というアメリカの立場は、どんどん危なっかしくなっている。なぜかというと、蓄えがきわめて乏しい社会になってしまったからだ。すべて自分、自分、自分、そして今−他人や明日のことは、まったく考えない。問題は指導者ではなく有権者だろう・・・・・・昔は、科学者になるような頭のいい子は難しいパズルに取り組んでいた。いまはテレビを見ている。気が散ることがあまりに多いのも、自分、自分、自分、そして今、という考え方が蔓延している理由だろう」(p.161)(サミュエルソン)
液体は一つのビーカーからもう一つのビーカーへと、どんどん移ってゆく。中国が製品の設計を手がけるようになったら、それがいっそう速まるだろう。私は[アメリカの将来に関して]楽観主義者だが、ローマが燃えるのをみんなでじっと眺めているようでは、いつまでも楽観主義者ではいられない」(p.162)(ジョブズ)