ローマ人の物語20 悪名高き皇帝たち[四]

ローマ人の物語 (20) 悪名高き皇帝たち(4) (新潮文庫)

ローマ人の物語 (20) 悪名高き皇帝たち(4) (新潮文庫)

暴君ネロ。

罪もないキリスト教徒を虐殺した悪辣なローマ皇帝。これが今までに持っていたネロのイメージだった。これだけしかなかった、と言ってもいい。


しかし、本書の帯のキャッチフレーズ「あまりに人間的なネロの知られざる実像」にあるとおり、実はネロは上記のようなイメージで片づけてしまうにはもったいなくらいの人間性豊かな皇帝であったのだ。そう、まったく「皇帝」としては不適格なほどに人間的だった。


即位したときはまだteenagerだった。それがその後の彼の言動のすべてをある種象徴している。もし彼が10代の頃から英邁な統治者であったとしたら、まったく別の形で歴史に名を残しただろう。彼の統治がほとんど冗談のようなエピソードに彩られているのも、彼の若さからすると至極当然と思えてしまう部分もなきにしもあらずなのだ。


夜中の遊び友達だった親友の妻に横恋慕する。「離婚してくれ」と迫っても肯んじない親友を地方へ飛ばしてしまう。そしてローマに残ったその女性を熱烈に口説く一方で、強く反対する自分の母を死に追いやる。このときネロ自身にも妻はいたのだが、離婚し、最終的には親友の妻を娶る。


○もう、笑うしかないのだが、なんとネロは歌手デビューも果たす。竪琴をつま弾きながら(現代的に言えばギターの弾き語り?)自作の詩を歌うローマ帝国の皇帝。しかもさしてうまくなかったらしい。想像するだけで笑えてしまう。


○とはいえ、いくらかの善政は成し遂げた。コルブロという円熟の司令官によってではあるが、パルティア問題にも当面の解決をもたらし、ローマの大火の際にも素早い再建策を打ち出している。後者については、あまりに迅速すぎ、かつその後大火の結果をあまりに効果的にローマ再建と結びつけたものだから、ネロが主犯だという疑いを招く皮肉な結果となり、それがキリスト教徒の迫害に繋がっていくのではあるけれども。


というような感じで、「キリスト教を迫害した暴君」として単純に記憶の片隅に追いやってしまうにはあまりにももったいない。そんなある種魅力的な皇帝像がここには描かれている。僕と同様のネロ像しかない人は、本巻だけでも手に取ってみる価値はあるかもしれない。