貯蓄率マイナス経済と財政破綻 -プロになるための経済学的思考法(2)-

プロになるための経済学的思考法

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(1) 貯蓄率のマイナス化と財政破綻の危機

日本の家計貯蓄率は70年代に20%、80年代末から90年代に10%代であったところ、現在は6〜7%まで落ち込んでいる。さらに、2007年〜2009年に貯蓄率はゼロ若しくはマイナスになるだろうと予測されている。これは、団塊の世代が大量にリタイアしていくことが最大の要因。日本人の性向云々の議論はさておいて、老人の数が多くなればどうしても貯蓄率はマイナスにならざるを得ない。

これまで日本の家計貯蓄率が非常に高かったため、家計からの資金が企業に融通されたり、あるいは国債を買う(間接的に資金を預かった金融機関経由が大部分)という形で国家に融通されたりしてきた。しかし、今後貯蓄率が一層低下すれば企業や国家に回る資金が不足することになる。

2003年の財政制度審議会のレポートで政府は、10年後にプライマリーバランスを回復するための方策を示している。一つの答えは、歳出の構造を変えないという前提で、消費税を21%に上げるというもの。他方、税金を増やさないのであれば、歳出を3分の2にしなければならないと言う。しかし、現在の政府の方針や覚悟を見る限り、10年後にいずれかを実現し、プライマリーバランスを回復することは非常に難しい。引き続きかなりの新規国債の発行は継続されると考えざるを得ない。

貯蓄率が低下し、家計にもはやお金がなければ、政府は海外からお金を借りる以外に方法がない。これは、日本経済のアメリカ化であり、ロシア化であり、アルゼンチン化であるとも言える。問題は、日本人も買わなくなり、国のリスクも高まっている状況で、どれだけの金利をつければ外国人が国債を買ってくれるかという点である。アメリカのように軍事力と政治力が極めて高く、多くの優秀な外国人が流入し、経済活力を高めてくれるような国=世界で最も安定性の高い国であってさえ、国債金利は4%である。日本の場合は少なくともアメリカより相当高い金利を設定せざるを得ないことは間違いない。さらに、新しい日本経済の危機的現状に鑑みて、大幅な円安が進行した場合には、為替リスクに見合ったプレミアムも要求されることになる。

仮に現在の700兆円の国の借金が、2010年に1000兆円になっているとしよう。そして、仮にこれらがすべて10%の金利国債に借り換えられるとすると、その時点で利払いの負担は100兆円に及ぶことになる。金利が5%ないし6%であっても、50兆円、60兆円の世界だ。現在の国債の元本+利払いの負担は18兆円で、これだけでも政府は青息吐息の状態である。貯蓄率マイナス経済になれば、短期間のうちにこのような事態に直面する可能性が高い。消費税率50%くらいにしなければやっていけないかも知れないが、そのような国に一体誰が住みたいと思うだろうか。


(2) ハイパーインフレの悪夢

他のシナリオもある。外国人ではなく、日銀に国債を買わせるというものである。この場合、どんなに金利を払っても、金利は大部分政府に環流するため、財政負担はない。ただし、財政法第5条に以下の規定があり、基本的に政府は日銀に新規国債を買い取らせてはならないことになっている。

すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。但し、特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない。

もし10%の金利を払わなければ外国人が国債を買ってくれないとすれば、国会はその状況をもって但し書きの「特別の事由がある場合」として認めるだろう。

そして、仮に借り換え債を含めた約140兆円の国債を日銀が購入し、その分の日銀券を刷ったとすれば、信用創造カニズムによってマネーサプライがその10倍程度増大し、間違いなくハイパーインフレが起こるだろう。年金生活者や債権者は大打撃を受け、人心は荒廃し、社会不安は増大、自殺者が増え、治安も悪くなるだろう。

他方で、債務者は借金の額が実質的に減殺されることになるため、得をする。その代表者は莫大な借金をしている政府である。そのため、政府は心の底でインフレを待望しているとも言える。政府がこのような強制的な所得移転政策を取ることを、経済学では「インフレ税」と呼ぶ。実際に、歴史的に、国家があまりに大きな借金を背負い返済の方法がなくなると、ほとんどの場合インフレを起こして逃げてきた。第一大戦に敗戦したワイマール共和国しかり、戦後の日本しかり、80〜90年代のブラジルのハイパーインフレしかり。しかし、もし世界からの信用が得られず、海外から借金をすることができなければ、日本はハイパーインフレのシナリオを選択せざるを得ない。これが現実なのである。


(3) 預金封鎖、富裕税徴収のシナリオ

さらに別の悪夢の選択肢もある。30万部のベストセラーになった『ライオンは眠れない』で語られた、預金封鎖、デノミ、新円切り替えのシナリオだ。同作品では、新円切り替え行い、交換時に平均課税率30%の財産税を徴収した。現在日本国民の金融資産は約1400兆円、さらに隠し財産やアングラマネーが同規模あると言われているため、その30%は合計で840兆円。この税収によって一気に国家の赤字を補填するというものだ。実際に、日本でも60年前には預金封鎖が行なわれ、その際に資産調査と莫大な財産課税が行なわれており、このようなシナリオも決して絵空事とは言えないのだ。