限定合理性と利他主義 -ノーベル賞経済学者に学ぶ現代経済思想(4)-

ノーベル賞経済学者に学ぶ現代経済思想

ノーベル賞経済学者に学ぶ現代経済思想

第1部 合理主義者と個人の選択


第4章 新古典派理論に疑問を投げかける


ハーバード・A・サイモンは、第3章までに述べられてきたことに代表される新古典派経済学の議論に対して異を唱える学者の1人である。彼からすれば、新古典派経済学の置く仮定は抽象的理論の構築には向いているかも知れないが、ないと困るようなものでもない。サイモンは、人々が実際に意思決定を下す過程を研究し、1978年にノーベル経済学賞を受賞した。


サイモンによれば、人間は必ずしも合理的行動を取るとは限らず、完全な合理性などこの世界には存在しない。なぜなら、「新古典派経済学の理論でいう完全な合理性はあまりにも複雑すぎて人間には理解できないか、もしくは計算しきれないからである」。そして、選択肢に関する完全な情報がなければ、人はすべての選択肢の限界費用と限界便益を正確に比較することは出来ない。さらに、仮に完全な情報を持っていても、真に最適な選択を行なうために必要な時間と注意力を十分に持っているとも限らない。結局、私たちは、最適な選択肢を追求する代わりに、最も現実的な選択に必要なだけの情報を獲得し、そこに落ち着く。


このように、サイモンの議論は、完全な合理性ではなく、「限定合理性(bounded rationality)」に基づいている。サイモンによれば、自己の能力の限界を理解する人々は、「組織(team)」を形成し、情報を共有し、より最適化された結果を目指して行動するようになった。そのプロセスでは、情報を受け取る見返りに利己心を抑えるという利他主義的行動も促される(ベッカーよりもさらに広範な概念によって利他主義を説明している。限定合理性に立脚するという点でも異なっている)。このような利他主義的で「従順」な行動によってより効果的な決定を下し、遺伝学上の適応度も高めることができるのだ。さらにサイモンは、社会が発展し、複雑性が増すほど、人間は他者からの情報をますます必要とするようになり、その結果、(環境に適応し、生存するという目的の下)人間はさらに「従順さ(docility)」を増し、利他主義的な行動へのインセンティブも高まると結論づけている。