利他主義、結婚、そして犯罪 -ノーベル賞経済学者に学ぶ現代経済思想(3)-

ノーベル賞経済学者に学ぶ現代経済思想

ノーベル賞経済学者に学ぶ現代経済思想

第1部 合理主義者と個人の選択


第3章 社会の様々な関連性を経済学で説明する


ゲイリー・ベッカーは、「経済理論を応用してあらゆる人間行動を説明した」業績に対して、1992年にノーベル経済学賞を受賞した。彼によれば、どんな行動にも限界点で意思決定しようとする人間の習性があるという。つまり、彼は、限界主義を先天的なものと見なしているのであり、これまで人間が創り出してきた制度の進化をこの観点から説明している。


まず、ベッカーは、経済的観点から利他主義者の最適化行動のあり方について明快に説明する。すなわち、利他主義者は、エゴイストと違って、自己の消費と自らの施した利他主義の恩恵を受ける人々の消費の双方から厚生を得ることができる。そして、限界主義に則って、他人の厚生を増大させるために行なう移転によって得られる自分の厚生が、そのための費用と等しくなるまで所得の移転を行なうのだ。利他主義者たちがこの最適の所得移転・消費のmixにたどり着くことによって、社会全体の厚生も最大化される。さらにベッカーは、ここに好循環のメカニズムを見出す。すなわち、利他主義者は所得の移転によって得られる満足感がインセンティブとなり、エゴイストにとっては移転をもたらす利益を享受するため、利他主義の所得を増やす行動にインセンティブを持つ。利他主義への期待によって、社会の全メンバーが他者の所得と厚生を増大させるように行動するよう促される


しかし、世界規模で考えた現実の世界ではこのような理想的な状態が達成されることはまずない。人口が多いこともあって1人の利他主義的行動が他人に与える影響を正確に理解することは難しいし、利益集団がエゴイストの利益増進に走り、公共の厚生が破壊される場合もある。これに対してベッカーは、「自発的な利他主義がもはや現実的でないとしたら、政府はその権力を行使して意図的な利他主義を作り出す」と考えているらしい。


また、ベッカーは、食事、子供、家族で楽しむレクリエーション、健康、愛情、友達づきあい等を「財」として、その「消費」からなる経済モデルによって、結婚についても経済理論的な視点で分析を行なっている。彼によれば、これらの財を生産するためには、市場の財の利用、夫婦双方の時間配分が投入資源となるが、市場や家計での生産に対して、パートナーのそれぞれが異なる生産条件を持っていれば、その最適な組み合わせによって独身時代味わっていたものよりも大きな満足感を得ることができる。加えて、デッカーによれば、結婚には、愛情や思いやりといった「目に見える形で測れる財がもたらす満足感を越えた満足感を引き出す力」をもつ財や相手が享受した消費からも自己の満足を得るという特徴もある。ゆえに、思いやりにあふれ、財を一緒に消費して満足感を得る夫婦の方が「効率的」ということになる。

さらに、犯罪についても同様の分析を行なっている。ベッカーによれば、犯罪を減らすことから得られる限界便益、犯罪を減らすことにかかる限界費用を比較することによって、犯罪抑止の最適水準が決まり、犯罪が「効率的な水準に落ち着く」という。ゼロになるわけではない。また、刑罰の程度に対する犯罪者の感応度、弾力性の差異に基づいて、犯罪者の「市場」をサブマーケットに分割して考えることでもっと効率的に犯罪を抑止できるだろうとも提言している。