合理的行動と自由競争 -ノーベル賞経済学者に学ぶ現代経済思想(1)-

ノーベル賞経済学者に学ぶ現代経済思想

ノーベル賞経済学者に学ぶ現代経済思想

第1部 合理主義者と個人の選択


第1章 合理的な人々は合理的な行動をとる


ジョージ・スティグラーは、経済学を社会科学の根幹として成立させる数々の概念、ツールを定義、体系化した。その業績によって、1982年にノーベル経済学賞を受賞している。筆者によれば、「経済学者の中で一番の合理主義者」だそうだ。スティグラーは、シカゴ大学で学ぶ間に、経済学者フランク・ナイト(→シカゴ学派)の影響を受けた。ナイトは論理展開の正確さを徹底して追求する大変厳しい教育者であり、ミルトン・フリードマン、ポール・サミュエルソン、セオドア・シュルツ等の他のノーベル賞経済学者にも多大な影響を与えた。


社会科学には、「最適化(optimization)」という分析上の概念があるが、これは、「人は考え得る最善・最高の結果が自分にもたらされるように行動する」という当たり前の考え方である。これは、新古典派経済学者が「合理的(rational)」と呼ぶ行動の一例だ。「合理的」という言葉は、経済学者にとっては、利己心から生まれた行動を指す用語を意味する。そして、人々がこのような意味で合理的に行動するとき、「最大限の厚生」=所得、富その他、人々が欲するものが最大・最高の状態であること、がもたらされるという。人々が自分の幸福・利益だけを考えて行動することによって、社会的にも利益の総和が最大になるというわけだ。


最適化の目的は、無数に存在する選択肢の中から、便益と費用の差が最大になる行動を選ぶことだ。これは、経済学の用語では、「最大純便益(maximum net benefit)」あるいは「個人厚生の極大化(maximum personal welfare)」と呼ばれる。しかし、このような選択は実際には困難である。そこで、これを行なう実用的な方法が、「限界主義(marginalism)」と呼ばれるものだ。限界主義では過去の決定は無視され、次に行なう決定において、費用を上回る便益が得られる場合にのみその行動をとる。そして、ある行動をとり続ければ、その行動の追加的便益は逓減する。逆に追加的費用は逓増する。したがって、純便益の追加がゼロとなったとき=追加的便益と追加的費用が等しくなったとき、私たちは個人厚生の極大化地点に到達し、そこで行動を終える。


厚生の最大化のためには効率性が欠かせないが、スティグラー以来、経済学者たちは、これに貢献するため自由で競争的な市場を尊重してきた。市場は「質」の計測を可能にし、価格を決定することを可能にする。また、嗜好・選好の変化や、市場が決める便益と費用に応じて資源の需給状況に素早く反応する。このような自由な競争市場の効率性を根拠に、スティグラーは政府の市場介入に反対した。一度、大企業の独占がもたらす弊害を憂慮し、そのような企業の成長を阻止する点において政府の介入を肯定したことがある。あくまで、競争原理が働いた自由市場システムを守ることが目的であり、ひとたび競争的な環境が取り戻されたら政府の介入はそれ以上必要ないとした。しかし、その後、市場のグローバル化によって、巨大な企業であってさえ、グローバル競争の中では1プレイヤーとして小さな影響力しか持たなくなったため、スティグラーはこの見解に再修正を加えた。