アテンティブネス -Emotions Revealed(4)-

Emotions Revealed: Recognizing Faces and Feelings to Improve Communication and Emotional Life

Emotions Revealed: Recognizing Faces and Feelings to Improve Communication and Emotional Life

Chapter4: Behaving Emotionally


第三章では、いかに情動を引き起こすトリガーの影響力を弱めるかについて論じた。本章では、実際に情動が起きた際に、いかに感情的な行動を節度のあるものに抑えるか、そして、その試みが失敗した際に、いかにその失敗から学ぶか、について論じる。ただし、まずは、感情的行動(シグナル、行動、内面の変化)そのものがいったいどのようなものであるのか、これら感情的行動がどのように生み出され、私たちがそのプロセスにどのように介入することができるのか、について理解する必要がある。


(1) シグナル、行動、内面の変化

シグナルとは、当人の内部で起きている感情の種類を周囲の人間に察知させるような声のトーンや表情であり、それによって彼らの言葉や行動を相手がどのように解釈するかが決まるものである。また、他者の感情のシグナルは、私たち自身の感情にも影響を与える。内心の思考は隠しおおせるものであるが、感情は意識的に努力しない限り隠すことはできないのだ。また、感情のシグナルは、常に「オン」であるという特徴も有する。すなわち、いつでも、瞬間的に、私たちの感情を外に発信してしまうのだ。


重要なことは、他者の感情のシグナル自体はその本当の原因を示してはくれないということだ。ゆえに、私たちは、妻の裏切りを信じ込み、彼女の表情や振る舞いをすべてその自分の考えに整合的にしか理解しようとせず、最終的に妻を殺害してしまうに至ったオセロの誤りを避けなければならない。そのためには、他者の感情のシグナルを前にして、その理由について結論に飛びつこうとする誘惑に耐え、最もありそうだと疑っているもの以外の別の理由についても熟慮してみることが必要だ。


感情を示すシグナルとしてまず挙げるべきは「表情」である。第一章で述べたとおり、悲しみ、怒り、驚き、恐れ、嫌悪、軽蔑、幸福という7つの感情の表情による表現はそれぞれ区別のできるものであり、また各文化間でも共通するものである。


表情と同様に重要なシグナルが「声」であるが、両者はいくつかの点で相違する。まず、表情が多くの場合常に観察可能であるのに対して、声は意思によって完全に遮断することが出来る。また、自分が感じていない感情に呼応した声色を意識的に演じてみせることができる人はほとんどいない。他方で、思ってもいない感情を表情に出すことはより容易である。表情と声の相違に関する最後の点は、前者がそれを理解するためには相手に注意を払う必要があるのに対して、後者はたとえわたしたちが相手を無視しようとしていても、声が聞こえる限りは注意を奪われてしまうという点である。なお、残念ながら声についてはそれほど研究が進んでいないが、声による感情の表現は、表情によるそれと同様、普遍的なものであることは分かっている。


表情、声、に加えて、「身体動作」もシグナルの一つである。これについては多くの研究がなされていないが、表情や声と同様に普遍的なものであり、後天的に習得されるものではないと考えられる。また、これらは、声や表情と同様に無意識のものではあるが、声や表情に比べればはるかにコントロールしやすいものである。


これら以外の感情的なシグナルや行動は、後天的に習得されるものであり、また文化や特定個人に固有のものである。


私たちは、まったく別種の行動やあるいは行動しないということによって、これらのシグナルや行動に意識的に干渉したり、反射的反応を抑え込んだりすることができる。また、そのような試みを習慣として定着させることによって、自動的に干渉することも可能である。


以上の観察可能な外面の変化に加え、内生理的変化ももたらされる。感情に対応した生理的な変化もまた、普遍的な性質を持っている。例えば、怒りを感じた場合には血流が手に集まり、怒りの原因となるものを攻撃する準備が進められ、恐怖を感じたときには血流が脚に集まり、逃げ出す準備がなされる、など。


内面の変化ももたらされる。第一の変化は、自分の感じている感情に整合的なように、その感情を正当化し、維持するように、物事を解釈するようになることである。ある調査によれば、その感情に関連する記憶、特に、特定の感情を感じていない限りは容易にアクセスできないようなものが引き出されたりさえするらしい。第二の変化は、感情的行動を抑制しようとする動きである。


(2) 変化をもたらすメカニズム

このような変化は、大脳の中に存在するメカニズムによってもたらされる。このメカニズムは、第二章で論じたautomatic appraiserによってスイッチが入り、脳に蓄積された記憶と取るべき行動のデータベースに基づいて指示が発せされるのだ。Silvan Tomkinsはこのようなメカニズムをaffect programと名付けた。


affect programに蓄積されている反応のセットには、進化の過程で習得された普遍的なものと、個々の人間がそれぞれの人生の中で身につけた固有のものの両方が含まれている。立証されてはいないが、前者は削除や書き換えが出来ないのではないかと考えられる。ただし、それらがまったく同一の反応を生み出すということではなく、それぞれの個人の肉体的な特徴や、文化的な特徴によって表現のあり方は異なってくる。他方、後者は、人生の中で新たに獲得された行動が書き加えられていくものである。


ひとたび特定の感情をもたらすシステムにスイッチが入った場合、affect programはその感情が実行に移されるまで走り続ける。それを止めることは出来ない。ただし、マネージできないという意味ではなく、その影響を直ちに、完全に取り去ることは出来ないという意味である。それゆえ、たとえ目の前の出来事を別の目で再評価することが出来たとしても、すでに動き出した感情のシステムを直ちに終了させることはできない。それどころか、既に発生していた感情と再評価によって新しく生み出された感情とが混在するという自体も起こりうる。再評価だけでなく、特定の感情に対応して生み出される新たな感情(affect-about-affect))も混乱の下になる。例えば、最初に感じた恐怖に対して、怒りを覚える、といった反応である。しかし、そもそも重要なことは、感情を単独で、あるいは純粋な形で経験することはほとんどないということである。私たちが反応している環境自体刻一刻と変わっていくものであり、私たちがそれに加える評価も変わっていくものであるのだから。


affect programに新たに書き加えられた行動の影響力も重要なポイントである。それらは、いったん書き加えられると、進化の過程で習得された普遍的な行動と同様に無意識に作用するようになり、かつ、たとえそれが不適切であると思われる場面においても、反応を抑制することは困難なのである。


(3) 破壊的な行動を防ぐためには

感情の果す機能の一つは、感情を起こさせた目の前の問題に私たちの意識を集中させる点にある。基本的には、私たちの感情が意識の及ばない所で働くことはあまりない。私たちは今何を感じているかを感じることができるし、その感情は正しく、正当なものであると感じるものである。


しかし、感情的行動を抑制したいと考えるならば、このような意味での通常の意識では十分ではない。私たちは、感情を味わっているまさにその間に、その感情が正当なものであるのかどうか、その感情に対してどのように振る舞うべきなのか、について一歩下がって考えることができる状態になる必要がある。これは、言葉で説明することが非常に難しいが、よりレベルの高い意識の状態であり、仏教思想家がmindfulnessと呼ぶ状態に近いものである。哲学者のB. Alan Wallaceはこれを”the sense of being aware of what our mind is doing”と言っている。精神科医でもあり仏教思想家でもあるHenry Wynerは”the awareness that watches and responds to the meanings that appear in the stream of consciousness”と描写している。


このような意識の下、内面で起きているautomatic appraiserにまさにその起きている時に気づくことができれば(appraisal awareness)、私たちはより多くの選択肢を持つことができるだろう。ただし、automatic appraisalのプロセスは非常に速いものであるため、これは誰にでも出来ることではないのかもしれない。appraisal awarenessの次のステップは、automatic appraisalの直後、実際に感情的な反応が始まる前までの間に何が起きているのか(e.g. 内面の衝動や言葉)に気づくことである(impulse awareness)。これによって、その衝動に従うか否か、という判断を自ら行なうことができるようになる。ただし、これを習得するためには、何年にもわたるメディテーションのトレーニングが必要となる。


簡単ではないにしても、もう少し実現しやすい方法について考えてみよう。感情的になっている自分を観察し、その反応が正当なものであるかどうか検討し、再評価を行ない、言動や行動をコントロールすることができる、そのような状態を、attentively considering our emotional feelings (もしくは単純に、attentive or attentiveness)と表現することにしよう。よりattentiveになるための一つの方法は、それぞれの感情の原因についてよりよく知ることである。それぞれの感情によって異なる、体内で起こる感覚について知ることも、attentivenessを高める上で有用である。他者の感情をよく観察し、自分自身の感情をより的確に識別できるようになることも有用である。特に、簡単にそれとは分からない程度の、微妙な変化を理解することが重要である。


attentivenessを身につけることが出来たなら、感情的行動を抑えるために出来ることがいくつかある。第一に、目の前で起こっていることと、対応して生じている感情について再評価を行なうことである。それによってより適切な反応が生まれるかも知れないし、もし最初の反応が適切なものであれば、それを確認することができる。第二に、たとえ再評価が出来なくとも、感情的な行動や言動を止めたり、少なくともその程度を抑制することは可能である。