ステップ③ ビジョンと戦略を作る -企業変革力(5)-

企業変革力

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第五章 ビジョンと戦略を作る


変革のプロセスにおいて、ビジョンとそれに基づく戦略は3つの重要な役割を果す。

第一に、変革の目指す具体的な方向を示し、変革に伴って必要となる無数の詳細な意思決定を容易にする。ビジョン・戦略と合致しているか否か、というシンプルな質問によって、個々のプランの必要性に関する長時間を要する議論が不要となり、不要なプロジェクトにかける時間、お金の空費と混乱を回避できる【意思決定の迅速化・効率化】。

第二に、人々が正しい方向を目指して行動を取っていくことを促す。すなわち、変革に向けた痛みを伴うアクション=自己犠牲を払うことにより、目の前の小さな利益や個人的満足を超える成果を得られる可能性を示し、希望を与え、励まし、抵抗心を和らげる【モチベーションの向上】。

第三に、無数の人材がプロセスに参加している場合でも、迅速に、効率的に行動をまとめ上げることができる。明確なビジョンと戦略があれば、それぞれのマネジャーや従業員が自分自身で何を為すべきかを判断できる。コストの高い事細かい指示や調整を要せず、極めて効率的にメンバーの自主的な行動を統合できる【自主的な行動の促進と効率的統合】。


変革を成功に導くためには、ビジョンは簡明で平易なものであるべきである。ただし、優れたビジョンであるためには、次のような6つの特徴が備わっていなければならない。

①ある活動あるいは企業の将来における姿を表現する。

②各利害関係者たちが期待する長期的利益に訴えるものである。

③現実的で、達成可能な目標が示されている。

④必要とされる行動の方向性が明示されている。

⑤メンバーの自発的行動を許容する柔軟性を有する。

⑥コミュニケートしやすい。端的に言えば、5分以内で説明することが可能である。


②の点に関して、ビジョンが、顧客(市場)、従業員、投資家のニーズを踏まえた望ましいものとなっているかどうかを吟味する際には、次のような問いを問うてみるべきである。

(1) このビジョンが実現したら顧客にどのような影響が及ぶか。現在満足度の高い顧客はより高い満足を感じるようになるだろうか。現在満足していない顧客は満足を感じるようになるだろうか。現在顧客でない人々を新たに惹きつけることができるようになるだろうか。顧客満足をめぐる数年後のより高度な競争において、競合他社をしのぐことができるだろうか。

(2) このビジョンは株主にどのような影響を及ぼすか。株主の満足を保持しうるか。株主が現状に満足していないとしたら、このビジョンの実現で事態は好転するか。株主により高い満足を提供できるようになるのか。

(3) このビジョンは従業員にどのような影響を及ぼすか。従業員が現状に満足しているとして、将来もその満足を維持できるか。満足していない場合は満足させることが出来るか。満足を高めることはできるか。ビジョンが実現することで、労働市場において競合している他社よりも優れた雇用条件を提供できるようになるのか。


③の点に関して、ビジョンが実現可能性を持つということは、それが、企業、市場環境、競合の動きについて、明確で、合理的な理解に基づいて作られているということを意味する。この点について、ビジョンがどのように実現されるのか、その合理的な道筋を示す戦略が大きな役割を果たす。


④に関して、従業員のアクションを効果的に導くためには、常に明確な焦点が定められていなければならない。つまり、どのアクションが重要で、どれが重要でないかを明示する。曖昧な方向しか示されないと、従業員は自分の行動とビジョンとを関連づけて考えることができない。


しかし、同時に、⑤に関連して、あまりに詳細すぎる記述も、個人の自発的行動を不能にしてしまうものであり、避けるべきである。柔軟性のないビジョンは、環境の急速な変化に対して対応することも困難にする。


筆者の指摘する優れたビジョンの具体的な特徴

(一) 大きな挑戦(特定分野で世界一となる、等)が含まれ、人材を慣れ親しんだ日常業務から離脱させる力を発揮する。

(二) 従来よりかなり低いコストで、さらに向上した製品やサービスを提供し、顧客や株主により大きな満足を与える、ということが目標に含まれている。

(三) 環境における基本的変化のトレンド、特に、グローバル化と新技術のトレンドが敏感に取り入れられている。

(四) 誰かに犠牲を強いるプランは含まれておらず、その結果ある種の倫理的パワーを備えている。


筆者の十年間にわたる変革プロセスの観察結果に基づく結論: 「すぐれたビジョンを生み出す作業は、頭脳と心の両方を投入することが求められ、その作業には長い時間が掛かり、多くの人々の参画が必要とされ、かつ見事に完遂するためには大きな困難が伴う」。このようなプロセスを完遂し、質の高いビジョンを生み出すためには、第二段階までのステップを確実に積み上げておかなければならない。さもなければ中途で破綻する。


ビジョンを形成する際には、以下のような5つの理由から困難が生じる。

第一に、ビジョンを生み出すという仕事は本質的にはリーダーシップに属する。しかし、多くの企業ではマネジャーとしての能力に主眼を置いて人材育成を行なってきている。

第二に、優れたビジョンの最終的なアウトプットはたしかにエレガントで、簡潔にまとめられたものではあるが、そこに至るまでに必要となるデータの量とその整理・分析にかかる人的コストは莫大なものである。

第三に、優れたビジョンは、分析的思考だけでなく、当事者の根源的な価値観に根ざしたものとならざるを得ない。しかし、我々の多くは、そのような自分自身の本質に立ち返るような問題を扱う教育を受けていない。

第四に、チームに真の連帯が形成されていない状態では、派閥意識・縦割り意識が優勢となり、ビジョン形成のプロセスを果てしないゲームの場に導いてしまう。

第五に、危機意識が十分に高まっていない状況では、ビジョン形成のプロセスを完了させるために必要とされる十分な時間が確保できない。


最後に、肝に銘じておかなければならないのは、「お粗末なビジョンは、まったくビジョンが存在しない場合より悪影響を及ぼす」という事実である。誤ったビジョンは、企業を破滅に導く可能性もある。また、コミットメントのない単なる口約束的ビジョンは有害な幻想を生み出す。