チャンス

チャンス [DVD]

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最近、ミリオン・ダラー・ベイビー、トゥルーマン・ショウ、チキン・リトル、ヴァン・ヘルシング、ついでにファイナル・ファンタジー、などと俗な映画ばかり見ていましたが(oops, ミリオン・ダラー・ベイビーはすごくいいですよ。重いけど)、久しぶりに名作的な作品に触れてみました。


ケッツ・ド・ブリースマコビーの論文で名前が出てきてずっと気になっていたもので、いかに人が「期待」に沿った物の見方しかしないか、いかに人が都合のいい解釈ばかりするのか、そして、いかに人が容易に「転移」を起こしていくかというメカニズムがコミカルに描かれています。


ある老人の家で幼少の頃から庭師をしていたChance(推定年齢50代後半〜60代前半)は、主人の死とともに、管財人に家を追い出されます。彼は知能に若干の障害があるか、あるいは社会に出たことがないためか、世の中の常識やルールをほとんど知らず、コミュニケーションも満足に出来ません。完全なテレビ中毒で、庭仕事をしているとき以外は常にテレビを見ていて、リモコンが手放せないような人です。突然社会に放り出されたその日に、彼は大富豪の夫人の乗る自動車との軽い事故に遭い、面倒を怖れた彼女に邸宅に招かれます。富豪が重篤な病の床にあり、医者が常駐していたためです。


庭師(gardner)のChanceだと名乗ったfamily nameを持たない彼が、"Chancey Gardiner"という名前だと勘違いされるところから喜劇が始まります。非常におかしなことに、大統領の顧問を務める富豪を筆頭に、邸宅の誰もがテレビと庭仕事のこと以外何も知らないイノセントな老人のことを、極めて聡明な人間と勘違いしていきます。初めは若干の疑問を抱いているのですが、いったん「偉大な人」というバイアスが出来てしまうと彼の言動の断片をそのようなイメージに整合的に解釈するようになるのです。ただ一人、最後まで冷静な富豪のかかりつけの医師をのぞいて。


そのプロセスで、富豪は自分のやり残したビジネスを完遂してくれ、残していく妻の面倒を見てくれる頼むに足る「幻想の後継者」をチャンスに投影し、妻は妻で、有能で経験豊富、夫からの信頼も厚い「愛すべき男性」の像をチャンスに投影し、実際に愛し始めます。大統領とその側近、そしてアメリカ国民に至っては、経済についての深い洞察力を有する「比類のない新大統領候補」のイメージを彼に投影するのでした。


本質は単純にコメディなのだと思いますが、心理的なメカニズムやリーダーシップに関する教訓として見ると非常に含蓄が深い作品だと思います。


そういう話題に興味がある方は是非触れてみて下さい。