「不測の事態」の心理学

Sense and Reliability: A Conversation with Celebrated Psychologist Karl E. Weick
「不測の事態」の心理学
Karl E. Weick
カール・E・ワイク
HBR Apr 2003 (DHBR Oct 2003)


高信頼性組織high-reliability organization (HRO)=常に非常に苦しい状況の中で活動しているが、その割に事故の件数が抑えられているような組織。例えば、原子力発電所、航空会社、航空管制チーム、消防隊、ER等。HROと他の組織との最も大きな相違は、HROの持つ敏感さ、あるいは意識の高さである。多くの企業は、自分たちが次に何が起こるのか、あるいは自分たちの行動に対して人がどのように反応するのか理解しているという錯覚に陥っている。しかし、HROは、常に高い警戒意識を持ち、どんな小さな危険信号をも見逃さず、断固として強力な対応措置を取る。彼らは、失敗した場合を常に想定している。そして、強迫観念に似た失敗への不安から、常に判断し、調整し、照合している。


通常の組織においても、HROの実行していることの一部を取り入れることによって、意識の高さ、そして、不測の事態への対応力を身につけることが可能である。第一に、専門家の意見を尊重し、現実を単純化しない。この観点から言えば、リーダーが「もっと分かりやすく言え」と小言を言うのは、自分たちの組織や環境における複雑性を甘く見ているのに等しい。第二に、失敗を一個人の責に帰し、過ちから学ぼうとしない態度を改める必要がある。むしろ、失敗の共有を奨励し、メンバーが失敗を率直に直視し、意識を高めるように促していくべきである。


不測の事態のマネジメントに長けているのは、様々な職業や職種を経験してきたジェネラリスト型のリーダーである。彼らは多様な経験の中から、独自の方法で問題に対処できる優れた見識を蓄積している。また、何らかの事態に際して、スペシャリストよりも豊かで有意義な解釈が可能である。さらに、彼らは、今日多くのビジネスマンが見舞われている「宇宙論的症状」(cosmology episode)=初めて遭遇ように感じ、状況がまるで飲み込めず、誰に助けを求めてよいのか見当もつかないような事態においても、麻痺状態に陥らない可能性が高い。そのようなリーダーでなくとも、HROのようにかすかな兆候も周到に警戒し、細部に細心の注意を払うよう心がけることで、自ら事態をコントロールしているという感覚を取り戻し、心理的危機に陥ることを回避することは可能である。


宇宙論的症状の泥沼にはまってしまう人は、行動を起こす前にすべてを考え抜こうとするタイプである。しかし、世界は常に変化しており、いかに優れた分析結果もどんどん陳腐化していくため、実際に試さずにあれこれ仮定したり修正したりすることには意味がないのだ。したがって、宇宙論的症状から立ち直るためには、内省しながら行動すること=「考えながら走ること」が最も重要である。つまり、行動しながら得た実体験に解釈を付し(sense making)、さらなる行動結果の検討によって解釈を絞り込んでいくというプロセスが重要なのである。


また、危機に際した場合には、パニックを防ぐ一助となること、及び、危機の克服に向けた行動へのモチベーションを生み出す解釈を可能にすること、から、ストーリーテリングが重要な意味を持つ。


なお、不測の事態への対処能力を高めるためには、厳密すぎる計画を立てることも避けるべきである。なぜなら、詳細な計画は、それが事態を完全に把握しており、信頼できるという錯覚を生み出すためである。その結果、計画と合致しない点に対する警戒意識を低下させる。また、不測の事態が起こったときに行動を先送りしようとする傾向にも拍車をかける。

安曇野の夕暮れ
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