名経営者がなぜ失敗するのか

名経営者が、なぜ失敗するのか?
WHY SMART EXECUTIVES FAIL AND WHAT YOU CAN LEARN FROM THEIR MISTAKES
シドニーフィンケルシュタイン著
橋口寛監訳/酒井泰介訳

★★★★☆
まれに見る名著。今後も何度も繙くこと確実。優良企業の失敗を徹底して分析した過程で生まれた極めて良質な戦略論。ただ、明らかとなった数々の洞察をさらに一歩踏み込んで統合する必要があると思われること、あまりに膨大で読むのに骨が折れること(脚注部分除いても430ページほど)、を割り引いて★4つ。

全体は大きく3つのパートに分かれる。

パートⅠでは、優秀とされた企業の大失敗ケースを、「新規事業の失敗」(第2章)、「「イノベーション」と「変化」への無為無策」(第3章)、「M&Aの矛盾」(第4章)、「戦略のミス」(第5章)という4つの視点で切り分け、分析している。登場する企業、ケースは有名なものが多く、また、勉強不足で知らなかったものについても、目を見張るような「失敗」が多く、これらを読むだけでも相当面白い。例えば、66個の衛星を打ち上げ衛星携帯で携帯電話の市場をおさえようとし、結局十分な市場性を確立できる前に通常の携帯電話が圧倒的に席巻してしまったイリジウムの物語。大躍進の勢いを刈って自動車業界にまで手を伸ばそうとした結果見事に敗れ去ったサムスンの物語。ステンド事業で「シェア9割」という圧倒的地位から、あっという間に数%まで転げ落ちたジョンソン・エンド・ジョンソンの物語。広告業で天才の名をほしいままにした後、無秩序な拡張に走った結果失脚したサーチ&サーチの物語。ソニーのコロンビア買収や雪印乳業の食中毒事件のケース等、日本の事例もいくつか紹介されている

パートⅠ各章では、これら各4フェーズの各事例を通して、様々な「失敗の原因」が散発的に分析されている。一つ一つは大変に面白い。ただし、ケースとの統合性が必ずしも十分でない部分があったり、他方で見事にメッセージが統合されている部分もあったり、若干クウォリティに偏差があるので読んでいてフラストレーションを感じることがないわけでもない。もしかしたらフィンケルシュタイン教授(ダートマスMBA教授)の指導の下、学生たちが分担して書いたのかも知れない。とはいえ、パートⅠの個々のケースの面白さ、そこから+その他の小ケースから紡ぎ出されている教訓の面白さはいささかも損なわれていない。統合性がないだけだ。この問題はパートⅡで相当程度解消されるため読者にとってはさして大きな問題ではない。

パートⅡでは、これらケースも含め、6年を費やしたという失敗企業の研究に基づき、「失敗の原因」が体系的に分析されている。ここが本書の肝であり、本質的な価値のあるところだと思う。若干バラツキのあったパートⅠのメッセージも、パートⅡ(第6章〜第9章)で統合されていく。

第6章では、最初の原因として「経営者の歪んだ現状認識」が挙げられる。詳細な分析のプロセスで付された個々の現象に対するラベリングも非常にキャッチーで、議論でも使える種類のものだ(他のあらゆる要素を無視してたった一つの原則やビジネスモデルに固執すること=「魔法の解」を求めること、等)。詳細は省くが、歪んだ現状認識を生み出す10の源泉と、変化に対する無為無策を生み出す5つの原因が指摘されている。また、これらに15のファクターに対応する15の質問も用意されており、ビジネス分析の実用にも耐えうるのではないか。

しかし、問題は何がこのような15のファクター=症状を生み出すorその継続を許すのかという点。これについては次章で語られる。すなわち、組織の問題である。

第7章では、冒頭からエネルギーに満ちあふれ、揺るぎないビジョンを持ち、愛社精神と団結心にあふれ、誰もが会社の成長に全力でコミットしているような会社を「ゾンビ企業」と名付け、シニカルな議論を展開する。ただ、読み進めれば違和感はなく真意を理解できる。ゾンビ企業とは、自分たちが最高の企業であり、特別であり(他社からは何も学ぶことはない)、顧客の声にも耳を貸さず、トップから平社員まで一体となって舞い上がり、社内外からの重要な情報が手に入らないor無視される状況になり、無意味な完璧主義に陥り、責任を誰も負おうとしなくなり、過剰な団結精神によって異論が排除され、最終的に自己変革能力を完全に失ってしまっている企業である。このような企業において、第6章で語られたような症状が生み出されるというわけだ。例によってpracticalな側面も忘れられていない。これが本書の美点の一つでもある。すなわち、ゾンビ企業にならないための17のチェック項目である。

さて、第6章における現状認識の誤りも、第7章で語られるゾンビ企業化の問題も、共に現状認識を変える必要性を示す「情報」が適切に流通することを確保できないことによって生み出されるというのが核心であるが、たとえ適切な措置を講じて情報が尊重されていても、その重要な情報=「戦略的情報」に対応できないこともある、と本書は指摘する。そのプロセスについて明らかにし、対応策を論じるのが第8章だ。ポイントはいくつかに絞られる。従業員が情報の重要性・緊急性を見抜けるかどうか、情報を迅速に伝達するための仕組みが出来ているかどうか、情報を伝達するという行為に対するインセンティブがあるかどうか(逆方向のインセンティブはないか)、入手・伝達された情報を監督(精査)する機能を経営陣が果されているかどうか、取締役会(board)がガバナンス機能を果しているかどうか、逆に管理過剰にはなっていないか、「スター」社員が放任されていないか、買収企業が放置されていないか、等々。

そして、パートⅡの最後を飾る第9章では、現状認識の歪み、ゾンビ企業的態度、重要情報の扱いの失敗という第6章〜第8章で語られた「悲劇の三角形」を生み出した根本原因、「経営者」にメスが入れられる。章題は、「失敗するトップの“7つの習慣”」。どっかで聞いたような。要するに、悲劇の三角形を生み出してしまうような経営者の特性が7つ掲げられている。

①自分は極めて優秀であり、自分と自社が市場や環境を支配していると思いこむ。
②自分自身と会社を同一視し、例えばサムスン・モータースのように自分の夢を会社に託して無謀な投資をする、あるいは会社の資産を横領する、といった行動に走る。
③自分を全知全能だと思いこみ、拙速な決断に明け暮れたり、すべてを支配しようとしたりする。
イエスマン以外を排除する。
⑤会社の理想像にとらわれ、スポークスマン化し、ビジョンのみを語り、細事を嫌う。
⑥ビジネス上の大きな障害を過小評価し、問題が表面化すると誤った方向へ過剰投資・過剰コミットメントしていく。
⑦成功体験にしがみつく。

そして、最後のパートⅢでは、以上を踏まえ、いかに失敗から学ぶかという未来志向の話を2つの切り口から語っている。第10章では、投資家や従業員からみた、危ない会社or経営者orビジネスの「初期警告サイン」を見抜くための17の質問、第11章では経営者の視点から、いかに失敗から学び、真の「名経営者」となるための議論がなされている。

全体を読み通して強く印象に残るのは、①経営においては「常識」を貫いていくことが極めて重要であり、また逆に、②その「常識」からの乖離を知るための「情報」を把握することが前提として重要であり、さらに、③「情報」を的確に入手・流通させるためには、内外双方に対して風通しのいい組織であることが肝要であるということ、の3点だ。組織の観点から言えば、本書で語られていることのすべてはここに集約されると思う。