ROICと成長率

企業価値評価 第4版 【上】

企業価値評価 第4版 【上】

第II部 実践編


第6章 ROICと成長率

最も重要なことは、企業価値はROIC(投下資産利益率:Return On Invested Capital)と成長率によって決まる、ということだ。その他の、粗利率(売上高総利益率)、税率、債権回収期間、在庫回転率などは枝葉である。(P.155)

というわけで、本章ではROICと成長率に関する詳細な分析が行なわれている。これらの結果は非常に興味深く、ROICと成長率に関する将来予測を行なう上で非常に有益な視点になると思われる。


1. 価値創造のフレームワーク

ROIC=(1−T){(単価−単位当たりコスト)×数量}/投下資産

○この式から、価値創造の源泉が単価、単位当たりコスト、数量であることが明らかになり、「価格にプレミアムを乗せることはできるのか、競合よりも単位当たりコストを下げられるのか、投下資産1ドル当たりの販売数量を増やすことはできるのか」(p.159)といった点が焦点となることが分かる。
・コカコーラには驚異的な価格プレミアムを乗せる力がある。「2003年末のコカ・コーラのれん代を除くROICは48%、企業価値は1250億ドルに達し、投下資産の簿価の、実に11倍を超えていた。」(p.160)
・資本効率の観点から見ると、サウスウエスト航空の高い競争力は、①競合他社に比べて駐機時間が圧倒的に短いこと、②ハブを持たないこと、③同じタイプの航空機のみを保有していること、に求められる。

企業価値を向上させるには、価格設定における強み、コスト競争力、あるいは資本効率といった競争優位をもつだけでなく、それを長期間持続しなければならない。それができなければROICが高いのは短期間にすぎず、企業価値も低くなってしまうだろう。(p.161)
価格設定における強み、あるいはコスト優位性を長期間持続できるのは、次の2つのケースのみである。1つは、既存事業において他社が模倣できない強みがある場合。もう1つは、新規事業において参入障壁がある場合である。(p.162)

cf. インテルのROIC(1973〜2003年)、ジョンソン・エンド・ジョンソンのROIC(1973〜2003年)

すべての企業が資本コストを上回るリターンを上げられるわけではない。リターンが資本コストを下回る場合は、次の2点をチェックすべきであろう。①価値を創造し始めるまでに要する時間はどのくらいか、②そこまでの初期投資(損失を含む)はどの程度になるか、である。(p.165)

cf. アムジェンのROIC(1984〜2003年)


2. ROICに関する実証的分析

・ROICの中央値は、1963〜2003年にかけて9.0%であり、全期間にわたりほぼ一定であった。しかし、企業によって大きな差があり、ROICが5〜15%の範囲にあったのは全体の半数の企業にすぎなかった。
・ROICの中央値は、業界や成長率によって異なるが、企業規模との関係は認められなかった。業界別では、特許やブランド力などの持続可能な優位性を持ち得る業界のROICの中央値は高く(11〜18%)、運輸や電力・ガス・水道などの基盤産業の企業は、比較的低い(6〜8%)という傾向がみられた。
・個別企業をみてみると、多くの企業のROICは時間を経て徐々に中央値に回帰する。しかし、あるレベルのROICを長期に持続する企業もあった。1994年にROICが20%を超えていた企業の半数は、10年たっても、少なくとも20%のROICを上げていた。(p.167)

・米国労働省は、1963年から2003年にかけて、製造業の生産性が3.5%に改善したと発表しているが、その間ROICに全体的な上昇傾向はない。その一因は、「多くの業界では生産性の改善効果分は企業の収益とならず、主に価格の引き下げによって顧客に、また報酬の引き上げによって従業員に還元された」(p.169)ことがあげられる。
・「ROICの中央値は過去40年間ほとんど変化していないが、企業間のROICの差はむしろ拡大している。」(p.169)
・「2003年までの10年間の業界ごとのROICの中央値を、過去40年間のものと比べても、ほとんど順位に変動がない」(p.171)ことからも、評価対象企業の所属する業界が何であるかということが、業績予測上重要なポイントであることが分かる。
成長率が高ければROICが上昇する傾向がある(ただし、成長率が高ければ業績が良くなるわけではない点に注意)が、企業の売り上げ規模とROICとの明確な相関はみられない
全体としてROICはたしかに中央値に向けて収斂していく傾向があるが、個別企業のROIC低減率は元々のROICの水準によって大きく異なる(=「ROICの高い企業、逆に低い企業は、それを維持する傾向が強く、それは40年間を通して認めることができる」(p.176))。したがって、「ROICはWACCに近づく、という経済学の基本概念に基づいて継続価値を算定すると、ROICの高い企業の企業価値を過小評価するおそれがある」(p.174)。


3. 成長率に関する実証的分析

・1963年から2003年にかけての売上高成長率の中央値は、実質で6.3%、名目で10.2%である。実質成長率は、1975年の1.8%から1998年の10.8%まで幅があり、この変化幅はROICよりも大きい。
・一時期高成長しても、すぐに成長率は鈍る。実質で20%以上の成長を遂げた企業でも、通常は成長率が、5年以内に8%程度、10年以内には5%程度まで落ちてくる。
・超大型企業では高成長は難しい。フォーチュン50社に入ると、その後15年間は1年目を除き、インフレ率を上回る成長率は平均1%しかない。(p.177-178)

・「多くの企業は今後5年間に順調な成長を予測しているが、過去のトレンドをみると多くの成熟企業は実質的には成長していないのである。成熟事業の価値評価において、高成長が予測されている場合は疑ってかかった方がいい。」(p.179)
・「ROICと同様に、業界による成長率の差も非常に大きい。・・・一方、この成長率の業界別ランキングは、ROICとは異なって、年によって変化している。」(p.179)
・アナリストによる収益予測がいかに「高めにバイアスのかかった」ものであるかが実証的に示されている。非常に興味深い(S&P500企業のEPS予測の変化)。
・「一般的に、高成長の維持は難しい。3年たつと、グループ間の成長率の違いはほとんどみられない。・・・ROICの優位性は長く維持されるが(15年たっても、ROICの高い企業は、低い企業を10ポイント以上も上回っていた)、高い成長率は維持されないのである」(p.182)。各企業の努力によって事業活動の効率性を高めることは可能だが、市場そのものには限界があるためか。